ハワイ・オアフ島ノースショア専門情報サイト!AD-NORTHSHORE.com

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  • Vol.10 ウォルター山田/純粋な日本の血を引く日系3世

    子供の世代はアメリカの文化の影響が強くってね
    悲しいけど、時代の流れなのかな。

    今回のインタビューは日系3世のウォルター山田さん!
    多種多様な人種が集まるハワイ。以前は、各人種の割合がはっきりと数字で表れていましたが、異人種同士の結婚、国際結婚が一般的となった現在では人種間のミックスが多くなり、純粋な血を引く4世以降が少なくなっています。もちろん日系も例外ではありません。
    それにともない、先人が伝えたそれぞれの国の文化や風習も薄れつつあるようです。
    そこで今回は、純粋な日本の血を持ちながらアメリカで生まれ育ったウォルターさんに、昔から現在までの暮らしについて伺ってみました。
    AD-N2号:
    今回はお時間を作っていただいてありがとうございます。
    私は日本で生まれ育ちました。日本から来ている1人として、ウォルターさんのように日本人としてアメリカで生まれ育った方の暮らしぶりにとっても興味があります。その辺について今日はお話をお伺いできたらと思ます。

    ウォルター:
    僕のおじいさんは新潟県のムラカミからサトウキビ畑のプランテーションワーカーとしてハワイに移住してきたんだ。おばあさんは福島県から。

    AD-N2号: ここノースショアにですか?

    ウォルター:
    そう、ワイアルアのシュガーミルにね。
    おじいさんはキャビネットなどをつくる仕事もしていたんだ。だからその影響をうけて僕の父は大工。そしてシュガーミル工場のスーパーバイザーもしていたよ。僕が生まれ育ったのはノースショアのカワイロア(Kawailoa)ってところなんだ。

    AD-N2号:
    あっ、そこ知ってます。
    昔はそこに教会や、ジムや、ひとつのコミュニティーがあったんですよね?
    ウォルター:
    そうだよ。100軒くらい家があったかな。ハレイワを過ぎてKAM HWYをワイメア方向に進んでいってすぐのところ、そこに右に曲がる道がある。
    今はゴミ捨て場になっちゃってるけど。

    AD-N2号: ラニアケアビーチの手前でしたっけ?
    ウォルター: 大分手前だな。牧場があるだろ?その手前ぐらいかな。

    ウォルター:
    そこはワイアルアのプランテーションで働く人が住んでいる場所だったんだ。フィリピン人、ポルトガル人、日本人といろんな人種が住んでいたよ。いいところだったな。丘の上にあるからハレイワの町もワイアルアも一望できたんだ。 その当時、ワイアルアシュガーミルCo.(1898〜1996年)は働き手の面倒をよくみてくれてたから家もみんなきれいだったし、手入れがよく行き届いていたんだよ。でもだんだんサトウキビの価値が下がっていって、会社の業績が下がるにつれて、このカワイロア地区に回すお金がなくなって、それでとうとう1970年代には取り壊しになったんだ。

    AD-N2号:
    ウォルターさんはいつまでそこに?
    ウォルター:
    高校卒業までそこに住んでいたよ。
    うちの母はそこで小さなお店を経営してしていてな、学校から帰ってきては店の手伝いをよくさせたれたもんさ。

    AD-N2号:
    どんなお店だったんですか?
    ウォルター:
    小さなよろずやだよ。名前はカワイロア・ストア。僕の仕事はお客さんにトラックで商品を配達することだったんだ。
    お米とか、1人じゃ運べない大きいものを配達してた。昔は今と違って可能なものはみんな自分で作っていたんだ。ゴボウ、大根、レタス、玉ねぎ、青ネギってね。みんなにわとり飼っていたから卵には困らないし、鶏肉にも困らなかったよ。食べたければ、自分で絞めればいい。だからお店に置いてあるものも今と少しちがうかな。

    AD-N2号:
    えっ?にわとり、殺すんですか・・・そうですよね・・・
    ウォルター:
    (笑)昔はうさぎも食べたんだ。鶏肉みたいでおいしいんだよ。
    AD-N2号:
    驚驚驚

    AD-N2号:
    主なご飯はずっと日本食ですか?
    ウォルター:
    そうだな。朝は味噌汁(必ずたまご入り)とごはんだな。
    おばあさんは本当に何から何まで自分で作っていたんだ。
    おしんこもそうだけど、鰹節まで作っていたよ。おじいさんが釣ってきたかつおを天日干しにしてカツオを乾かすだろ。僕たちが学校から帰ってきて食べるお昼ご飯っていったら、ご飯とおしんこ、そしてそのご飯の上におばあさんがカツオをすってくれるんだ。そこにお茶をかけて・・・

    AD-N2号&ウォルター: お茶漬け!!

    AD-N2号:
    うわーーー!それってすごくおいしいそう!!

    ウォルター:
    ははは おじいさんとおばあさんはとっても苦労したって聞いているよ。
    住み慣れた日本を離れてのハワイでの生活は大変だっただろうね。おばあさんはほとんど英語はしゃべれなかったし。

    AD-N2号:
    ウォルターさんの日本語はそのおばあさまからなんですか?
    ウォルター:
    それもそうだけど、2年間だけ、日本語学校に行っていたよ。
    もう、イヤでイヤでねぇ。イヤだから全然授業に集中せずにいっつも頭を叩かれてたよ(笑)
    日本語学校は放課後にいかなくちゃいけないんだ。朝8時〜3時まで学校でそのあとにね。周りの友達が遊んでいるのを横目に更に2時間の授業。遊びに行きたくてウズウズしていたんだよ。そんな状態だったから全然身にならなくて2年でやめたんだ。今となっちゃ、ちゃんといっとけばよかったなってものすごく後悔しているよ。そうしたらもうちょっと日本語も話せただろうに・・・・。
    AD-N2号:
    今からでも遅くないですよ〜是非、がんばってください!
    AD-N2号:
    ところで、ウォルターさんの一番好きな日本食ってなんですか?
    ウォルター:
    チキン・ヘッカ!!SUKIYAKIだよ!!
    AD-N2号:
    すき焼きですか〜!・・・って、ちょっとまって下さい。すき焼きの前に今なんていいました?チキンなんとかって?
    ウォルター:
    (笑)これ、何語なんだろうな?
    日本に行ったときも通じなかったんだ。
    ヘッカっていってHEKKAって書くんだけど、僕たちはSUKIYAKIと言わずに、チキン・ヘッカって言うんだ。

    AD-N2号:
    へぇ〜おもしろい。それにチキンなんですか?私の知る限りではすき焼きは牛かと・・・・・。
    ウォルター:
    さっきも話したようにチキンはいつも身近にいたから僕たちのSUKIYAKIは鶏肉なんだ。

    AD-N2号:
    この違いが面白いですね。。
    ウォルター:
    でも、こういう日本文化が受け継がれているのも僕たち3世までかな。
    4世、つまり自分の子供の世代はアメリカの文化の影響が強くってね、日本語はほとんど知らないし、日本文化に関心のあるものも少ないんだ、残念だけど。そして結婚も僕たちまでは日本人同士の結婚がほとんどだったけど、僕の子供は本土の白人と結婚したり、いろいろなミックスの人と結婚したりで状況が違うんだな。
    例えば、お正月におせちを作ってたべるだろ?
    それも僕たちの世代はちゃんと意味を習って食べたんだ、タイはおめでたい、黒豆はマメに生きるってね。
    でも今の世代はその意味を伝えても、「だから?」みたいな態度なんだな。
    悲しいけど、時代の流れなのかな。

    AD-N2号:
    日本でも昔からの慣わしやしきたりなどは薄れていってますから、しようがないことなんでしょうか。
    でもやっぱり寂しいですね・・・・。
    さて、ウォルターさんは、よく日本には行かれるそうですが、次回はどこへ?

    ウォルター:
    うーーん。一ヶ月前に行ってきたばかりだから次の予定はまだ全然たてていないけど、でもこの頃、日本の歴史に興味があるんだ。ハワイのKIKUテレビで放映される“そこが知りたい”とかみて勉強しているんだけど、この間日光に行ったときにとっても興味深かったんだよ、背景を少しでも知っているとね。
    だから今度はもっと勉強していろんなことを見てみたいな。

    AD-N2号:
    今日は、長い間インタビューにお付き合いくださってありがとうございました。
    また、いろいろとお話を聞かせてくださいね。
    ウォルター:
    もちろん!いつでも遊びにおいで。

    インタビュー後記:
    いつも気さくなウォルターさん。いろいろな昔話をしてくれるのでまるでおじいちゃんが出来たよう!!
    今度の時は是非、昔の写真を見せてください!とのリクエストにも
    わかった、探しておくよ! とやさしいお答え。
    カワイロアにまだコミュニティが存在していた当時の写真など、是非見てみたい。
    いろんなところに旅に出たけどやっぱりハワイが一番だそうです。
    今はお仕事もリタイアされ、毎日のんびりとビーチに散歩に行ったりお孫さんと遊ぶのに時間を費やしているのだそう。奥様がつくる味噌汁よりも自分が作るほうが子供にも、孫にも受けがいいんだとうれしそうに話すのをみているとこっちまでうれしくなってしまいました。
    彼のおじいさま、おばあさまの大変な時代があったからこそ、今ハワイには日本文化が生きていて、そしてそのおかげで簡単に日本食が手に入ったり、炊飯器が普通に使われていたり、私たち日本人がハワイに来てなんだか懐かしいって思うことができたりするのだなと改めて感じたインタビューでした。
    がんばって下った昔のみなさんに感謝しなくてはいけないですね、
    ありがとう。

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