- ノースショアのサーファー
- 2010年02月04日
サーフィンが、貴族たちのものであった時代。
ポイネシアンたちの手で丁寧に丁寧に作られた板は
今の様な気軽な扱いではありませんでした。
海から上がった後は、日の光で、完全に乾かされました。
それを(HALE)家の中に、
丁寧に、次のサーフィンの機会が来るまで、
奉られたということなんです。
その様にサーフィンというスポーツは大切に大切に、
ハワイ王国の文化として扱われていたというのに、
異変がおこったのは、1820年の事。
キリスト教を伝える伝道師たちがイギリスからハワイに続々とやってきた頃の事。
彼らのゴスペル(キリスト教)な目にはサーフィン (フラも)
裸同然でやるサーフィンは野蛮人のもの。
しかも時間を無駄にするだけのシロもの、と映ったんです!
1887年カメハメハ5代目、
デイブ・カメハメハ王に無理矢理(銃を突きつけて)法律を変えさせ、
サーフィン&フラを始め、古代から伝わるハワイのスポーツは禁止になってしまいました。
(デイブ・カメハメハ王はそんなヨーロッパ人からの押しつけ政治に胸を痛めた末、1891年に死去。)
その後、彼の妹がリリウオカラニが王の座を次いだ後、
彼女はあまりにも酷いヨーロッパ人の押しつけ政治から逃れようと
運動を起こしました。(それで城の中に閉じ込められてしまったのですが)
彼女が、
アメリカの大統領に訴えたのが成功し、
1898年アメリカの植民地になる事に成功したと同時に
サーフィン(フラ)がまたハワイに戻ってきたのであります!!
それでも一度萎れた文化はすぐに戻る事が出来ず、
サーフィンをする人がハワイのあちこちで見られるまでには時間を要しました。
ただ、サーフィンが戻ってきた切っ掛けになったのは、
(皮肉にも白人たちがはじめたビジネス)シュガーケーン。
サトウキビの畑を拡大する為に多くの労働者を世界各国から集められ、
彼らの中からスポーツに極楽を求める人が現れ、
サーフィンをする人が一気に増えたのです。
1905年。
ワイキキでは観光客にサーフィンのデモンストレーションをし、
手助けする事によって、その日の食べるものを手に入れる人種も出てきました。
ビーチ乞食、、、ビーチボーイズ、、です。
サーフィンをしていない時は、木の下に集い波乗りの話で花を咲かせた。
(笑、、、今でもノースにも居ますね)
ただそのビーチ乞食、、もとい、ビーチボーイたちの御陰で、
板の形に様々なものが生まれ、
サーフィンの大会などもイベントも生まれたのです!!
(ここからモダンサーフィン時期に入っていきます)
続きは、、、来週、または再来週。お楽しみに!
【掲載写真に関するお問合せ先】alohaemiko@hawaii.rr.com
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