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サーファーが世の中を変えた話

g昨日、アップした選手リスト。
みなさんもイロイロ感じられた事でしょう。


オージーの数すごいな~、とか
日本人が誰も入ってないや、とか
ブラジリアンが減ったな~、とか
ハワイ、アメリカは意外と少ないんだな~。。。とかとか

私はこんな事を思いました。

世界ツアーといえども、
まだまだ生活に困っている様な国からは
選手が全く出て来ていないよ。

海があるのに選手が出て来てない国、極端な例では、
キューバーとか、中国ですらもそう。

このリストは世界の平和のバロメーターだ、と。

かつて こんな事がありました。

80年代後半。

トム・カレンとトム・キャロルがトップを争っている頃。

ちゅどその頃、サウスアフリカの反アパルトヘイト問題が
世間に取りざたされていた頃。
(アパルトヘイト=黒人と白人の極端な差別)

反アパルトヘイトのリーダー的存在ネルソン・マンデラ
が反逆者として牢屋に入れられていた頃。

サウスアフリカで世界ツアーの一試合が行われる事になりました。

多くのサーファーが反アパルトヘイトに同意し、
ボイコットを形を取り、
そのサウスアフリカ戦に参加しませんでした。

(ボイコット側の代表はトム・キャロル。
その戦いに出なかった事が原因で
その年のタイトルはトム・カレンに渡ったとも
言われている)

しかし。。。

世界ツアーの選手の一人、
常に5位以内に君臨していたシェーン・ホラン(オージー)
という選手はボイコットとは
違う行動に出たんです。

『行ってアピールしなくちゃ、意味は無いだろ!』と。

口約どおり、彼、シェーンは、
《マンデラ解放!》と書かれたサーフボードで試合に出場したんです!

すごい勇気だと思いませんか?
その国に入ったら、その国のルールに従わないと危険が及ぶ可能性がある。
もしかしたら、捕まって、死刑、、、なんて事もあり得なくもなかったはずなのに。
(ちなみにシェーンはその後、アボリジニサーファーをハワイに連れてきて、
サンセットビーチでアボリジニサーフコンテストなども開いていました。)

その後、90年にはマンデラは釈放され、
94年には大統領になりました。

マンデラが政治犯として26年の間から釈放されたのは、
世界トッププロサーファーたちが大きく関与した
と私は信じて疑いませんね。

(とはいえ、、、問題のサウスアフリカの選手は増えたといえども
(サウスアフリカだけではなく)いまだ黒人選手のツアーサーファーが出て来ていないが。)

多くの反アパルトヘイト派が政治犯として捕まりましたが、牢屋の庭でサッカーが出来たとこが、
改革心を維持出来た秘訣だという事を聞きましたが、原理にそって人生を生き抜くには、やはりサーフィンの様なスポーツが力となる様な気がしてなりませんね。
シェーンの様に。


これがそのシェーン・ホランがプロテストの看板がわりに使ったサーフボ-ドでサーフィンしているところ。
『マンデラを解放しろ~!!』
気持ちをおもいっきりこめての一発でした!(
16歳からツアーを廻っていたので、学校も出ていない彼ですが、
体で世界事情を学んだせいでしょうか、世の中の良さ、悲しさ、矛盾を良く知っている、
信念の強いサーファーです!現在はシドニーでサーフレッスン講師2人の子供のお父さんとして元気に暮らしています)

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